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卓球のサーブが打てなくなりました。

〇Iさんの疑問質問

高校3年生の卓球部員です。

中3の夏にイップスのようなものになり、サーブが全く入らなくなりました。高校に上がってからはフォアのラリーもできなくなってしまいました。調べたところ「イップス」というものを知りました。そこからの練習で、なんとかサーブもラリーも練習の時にはできるようにはなったのですが、試合になったら全く入りません。そんな状態でいつの間にかもう部活も引退です。今日の県総体ではやはり思うようにサーブが出せず、結果が残せませんでした。2週間後の地方の大会ではいい結果を出したい、勝ちたいです。この2週間でできることはありますか?

 

 

〇回答

中学3年の夏頃からイップスのような症状がでるようになったとのことで、克服しようと今日に至るまで試行錯誤を繰り返し努力されてきたのだと思います。

「イップス」の存在を知った後の練習や取り組みで、サーブもラリーも練習時であれば打てるようになったとのことですが、練習時にできるようになるだけでも大変困難なことです。今日までIさんが取り組んできた姿勢や努力が素晴らしいものであることが伝わってまいります。

一方で、献身的な努力とは裏腹にIさんの納得のいく状態までには届かず、苛立ちや悔しさのようなものも文面からは感じられます。

 

Iさんは間近に行われる地方の大会で結果を残したいとのことで今回メールを送られたのだと思いますが、Iさんはこの大会で結果を残したいと思っているのでしょうか?それとも自分が納得のいく試合がしたいと思っているのでしょうか?

どの大会も結果を残したいことには変わりないと思いますが、この大会には特別な思いがあるからこそ今回このようにメールを送っていただいたのだと思います。

 

結果は明確に形として残るものなので、良い結果がでると嬉しいですし、自信にもつながりますので結果を求めることは自然なことであると思います。

一方で、結果というのは個人の努力で確実なものにできるものではありませんし、同じ結果でも状況や人によって価値は変わってきます。

例えば、結果だけ見ると1回戦敗退であったとしても、1回戦目に対戦した相手が優勝した選手であり、その選手と互角に戦った末の負けであればもしかすると本人は納得できるかもしれません。また反対に、優勝できたのに試合内容がどれもうまくいかなかったとしたら、もしかすると本人の気持ちとしては納得できないかもしれません。

スポーツなので勝敗は重要ですし追い求めるものではあるかもしれませんが、必ずしも結果が納得に繋がるというわけではありません。

 

メール内容から察するに、Iさんは中学3年の夏頃から自分自身と向き合い努力してきたのだと思います。この向き合ってきた自分の思いを納得させるためにも良い結果を求めているようにも感じます。

結果は対戦相手や環境によって左右しますが、今の自分の実力を出せれば仮に結果が伴わなくても、Iさん自身の納得に繋がるのではないでしょうか。

この短期間でできることとすれば、自分の苦手なことは苦手として、できなくても仕方がないという気持ちで取り組み、Iさんの得意なことがあればそこを重点的に頑張って伸ばしてみてはいかがでしょうか?技術的なことは短期間ではそう簡単に変化を起こせるものではないと思います。この2週間は競技に取り組む際の気持ちの持ち方を変える、長所で短所をカバーするくらいの気持ちで行ってみてはいかがでしょうか。